思ったこと

格差の意味を取り違えている

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大学入試大改革で大学間格差拡大か 脱暗記主義の落とし穴、進学校有利鮮明に 
●入試制度改革は進学校有利?

 それでは、この制度改革によってどのように大学受験は変わるのか。

 改革の主眼は現在の暗記中心の試験から、思考力、判断力、表現力を重視する、とある。砂を噛むような暗記の明け暮れに苦しむ受験生にとっては、朗報かもしれない。実際、改革反対論者からも、この点での批判は少ない。だが、かえって試験そのものが難化してしまうと懸念する声はある。

「つまりは応用力が求められるわけです。暗記したものを組み合わせて判断、表現をするのだから、普通に考えて合格点を取るのは難しくなるでしょう」(学習塾講師)

 その結果、現在の進学校が、さらに優位に立つことになりやすいようだ。

「進学校と、そうでない学校の大きな差は、教師の受験指導力です。トップクラスの進学校になると、受験に関係するすべての教科の担当の能力が高い」(同)

 すなわち上位の進学校ほど想定される変化のパターンを巧みに読み解き、素早く対応できるスタッフ、能力を備えているということだ。

 一見すると受験生に便宜を図っているように思える複数回のテストにしても、進学校の学生に有利に働きやすい面はある。従来の一発勝負型とは異なり、テストを何度も行えば運不運や試験当日の体調など能力外要素の影響は少なくなり、総じて試験慣れした層が優位に立つと考えられるからだ。すなわち選抜するシステムの精度が上がれば、現在の方式ではとかく生じがちだった番狂わせの可能性が低くなり、大学間の格差が広がることにもつながるだろう。

 もちろん今回の答申はあくまで素案であり、今後内容が改められる可能性はある。ただ内容をより吟味して、慎重に実施しない限り、現在の進学校の進学力やトップクラスの大学のブランド力をさらに高めることにつながり、現時点でも深刻化している教育格差をさらに助長することになりかねない。
(文=島野清志/評論家)

元記事  http://urx.nu/i3Xt
 

 能力のないものに高度な教育をすることは不可能である。教育の悪平等が日本を衰退させるのだ。
 このような意見が受け入れられるのは、多くの高等教育を受ければ人生の勝ち組になれるという甘い幻想を持つ低学歴な親たちであろう。評論家は多くのそのような者たちに共感を覚えさせる事を言い、今宵の酒を銀座で飲む。
 日本では小中学校において多くの日本人の子供は等しく教育を受けその蓄積された学力によって、高校、そして大学へと各自の能力にふさわしいレベルの学校へと進む。これは教育の格差ではない。能力のあるものがより高度な教育を受ける権利、日本国民からすればたとえ一握りでも、それを与えなければならない。それは日本が最貧国へ転落しないための必要な事である。

「進学校と、そうでない学校の大きな差は、教師の受験指導力です。トップクラスの進学校になると、受験に関係するすべての教科の担当の能力が高い」(同)

 すなわち上位の進学校ほど想定される変化のパターンを巧みに読み解き、素早く対応できるスタッフ、能力を備えているということだ。 
 これはもちろん生徒の能力も高くなくては成り立たない。このような学校に偏差値50の学生が入っても優秀な教師の指導を受けてもそれについて行くことができないのである。これは優秀な教師にとって不幸な事であり日本の未来の大事な人材を育成する機会を失わせるという国家的犯罪である。
従来の一発勝負型とは異なり、テストを何度も行えば運不運や試験当日の体調など能力外要素の影響は少なくなり、総じて試験慣れした層が優位に立つと考えられるからだ。すなわち選抜するシステムの精度が上がれば、現在の方式ではとかく生じがちだった番狂わせの可能性が低くなり、大学間の格差が広がることにもつながるだろう。 
 要するにまぐれで大学に受かる可能性が低くなることが、大学間の格差を生む。などとわけわかめな発言をするわけわかめな評論家です。

日本が土人国家にならないためにも、日本国内だけでなく世界のトップブランドとなる大学の育成を日本は行わなければならない。そしてそれを邪魔する事が輝ける日本の未来の輝きをメッキに変えてしまうことを多くの日本人が理解しなくてはならない 

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