日本人の名誉のために

竹島を韓国に奪われた経緯 / 李承晩ライン

2015/08/18

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戦後、自衛隊が存在しない期間(1945年8月から1954年6月までは日本領土を守る組織がなかった)韓国はその隙をついて竹島を不法占拠しようと考え、1952年に国際法を無視して李承晩ラインを一方的に設定。
日本の外務省は直ちに抗議、アメリカ・イギリスもそれを支持した。

韓国は竹島周辺で漁業をしていた日本の船舶を漁船に擬装した武装船で至近距離で警告なしに射殺、拿捕。捕虜には地獄のような拷問を繰り返した。
328隻を拿捕、漁民3929人を拉致監禁、日本人44人を虐殺。

韓国は人質を解放する条件として日本の刑務所にいる朝鮮人凶悪犯罪者など472人を、放免して特別残留許可を与えることを要求、日本はその条件を受け入れた。
同時期に、韓国政府は密入国朝鮮人の強制送還の受入れを拒否。
収容しきれなくなった密入国朝鮮人に日本政府は一時的な在留を許可した。
自衛隊は、1954年7月1日に設立された。

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