思考の覚書

民主主義の政治は人気取りの政治

2016/07/16

2969
 民主主義、国民や県民・市民が選挙という民主主義的手法によって首長や議員を選ぶ。その基準は選ぶ側にどのような利益があるかであって、国や県、市を本当に良くしようという主張はほんの一部の選挙民しか受け入れられず、選挙民は自分たちの目先の利益に釣られて選挙権を行使してしまう。
 まぁ、わかり易く言えば組合などその筆頭であろう。だが、まだ純粋に労働者の為に政治家を選んでいるならともかく、とてもそうとは言えない候補者を推しているところもある。宗教団体をバックに持つ政治家はその宗教団体のため、つまるところ教祖様のための政治を行うべく推薦されている政治家を推すわけである。最悪なのは共産党、それは共産党を支配している個人の利益のための政党だからだ。だから売国を売国とも思わない。共産党を支配するものは高学歴で労働をすることをせずに、党員から金銭を略奪し贅沢の限りを尽くそうとする。そう、共産主義が目指すものは一部の支配者とその他大勢の奴隷という世界である。
 自分の意に反するものは力によって抑える。それは中国共産党も、日本共産党も同じである。共産主義を謳い支配者は力によって民主主義を否定する。『天安門事件』という検索は中国ではできないようである。なぜなら中国共産党が自国民に知れ背たくない事実の一つであるからだ。


 民主化を推進した多くのj国民の若者をこのように自分の所有する軍隊によって虐殺した中国共産党、その中国共産党の持つ武力は多くの国民のためではなく一部支配者のためによる恣意的運用をされている。すでにその矛先は日本にも向いているのである。
 その中国共産党にとって邪魔なのは、日本国民を守る自衛隊と日米安保条約である。だから中国の狗である日本共産党は自衛隊を無くし日米安保条約を破棄させたいのだ。
 

-思考の覚書