思考の覚書

工業製品はただの物となり嗜好品以外は無価値になる

2016/09/12

 グローバル化が進むということは、どこでも作ることが可能な工業製品は限りなく低コストで大量に作られ、誰もが手に入れることができるモノとなる。
 高付加価値を生むのは嗜好品、それ以外に金を使うのは最低限になる。
 吉野や、250円弁当、ユニクロ、マクドナルド、それらは結局薄利多売。ライバルを潰してシェアを確保することのみにより成長する。その行く先にあるものは…。
 しかし趣味嗜好に対しては金を使う。なぜコミケに人が集まるのか、リオのカーニバル、そのほかの祭りというイベント。ブランド品。高級料理店。まがい物でないもののみが生き残れる世界だと思う。それらに対して金を惜しみなく使う層も明らかに存在する。
 日本はもっとオタク化し、少子化による国力の低下を高付加価値商品で乗り切るべきである。
 日本の人口5千万人になっても一人ひとりが精神的に満たされた生活を送ることのできる未来の日本。何世代か先の日本はそんな国になっていてもいいと思う。
 われわれの孫やその先の世代の基盤を作る、それは今までの日本が脈々築いてきたことを継承するだけのことである。
 そのために必要なことに一つは鎖国だ.とは言っても残面的鎖国はこのグローバル化された世界において不可能である。それでは日本はガラパゴスになってしまうだけである。しかし限定的鎖国、というより日本純潔主義。が必要ではないだろうか。まぁ簡単にいえば安易な移民の受け入れをしないということに尽きる。
 大量の移民や難民お受け入れは最終的に日本人の犠牲の上に成り立つ。
 私(50代)が社会の授業で習った高福祉国家スエーデンは今どうなっているのか。今ならネットで簡単に調べることが可能だろう、調べてみるといいと思う。
 

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